特別任務

ノックもおざなりに部屋のドアを引くと、音も立てずにあっさり開いた。カギは掛けない主義らしい。
ミーには信じられない事だけど。だって、プライバシーだだ漏れで、財産も公開で、秘密もバレるし、開けっぱなしで良いことなんて何一つない。まぁ、ミーの場合、たいしたものなんて何一つ持ってはいないんだけど。いつ死ぬかも分かんない仕事なのに、物を増やしたって処分する手間が増えるだけ。
この部屋の住人は、そんな事を考えてもいないようで、荷物というかゴミというか、要らない物で溢れている。さっすがプリンス・ザ・リッパー。自信の塊、自意識過剰。
「ベールセンパーイ。いますよねー? それとも、ゴミの中に埋もれて腐って死んじゃってますかー?」
死んでたら処理が大変そうだなー…なんて言ったところで、自分がやる訳じゃないからどうでも良いけど。それならそれで、その方が……。
そんな事を考えながら、獣道のように踏み分けられた通路を通って奥へと進む。どーせ、ベッド付近に転がっているに違いない。
「だれが腐ってるって?」
ほら居た。
寝室のドアを開けると、羽毛の詰まったキルトの上に転がる金色の影。
「あーあ。やっぱり腐ってましたー」
注意の代わりにすかさず飛んでくるナイフを避けると、仰向けに転がるベルセンパイの側に近づいていく。
「腐ってねっつの。生きてんだろバーカ」
バカしか悪口の語彙が無いベルセンパイが、いつも以上に上の空でミーに返事をしてくる。
「……さっきからそれ、何してるんですかー?」
仰向けに転がるベルセンパイの手の中には、真っ赤に輝く携帯ゲーム機。
「何ってハント。ハンティング」
目の前のゲーム機に集中して、適当な言葉を返すベルセンパイ。
「はぁ。狩り…ですかー」
何を? と聞くのもバカらしくなって、自分の携帯端末を取り出すと、密命を受けたスクアーロ隊長の番号を呼び出して発信ボタン。トゥルルと無機質な呼び出し音の後には、機械が壊れたんじゃないかと思う程の爆音が響き渡る。まさに爆音。これが声? 音量は最小限に絞ったはずなのに。ハッキリ言って、公害以外のなにものでもない。
「センパイは徹夜ゲームの影響で、これから仕度始めるそーですー」
急がせろだなんて、無茶な命令を一方的に下す携帯端末の電源を切って、相変わらずかちゃかちゃボタンを押してるベルセンパイを手で叩いてみる。
「ベールセンパーイ。あのですねー、新しい月が始まる時には、今月の状況と方向について、会議しなきゃなんないんですー」
「うん」
「それでですねー、今日がその日な訳なんですよー」
「うん」
「知ってましたー?」
「知ってる」
「何時から始まるか知ってましたー?」
「知んない」
「今何時かは知ってましたー?」
「知んない」
「ここまで言ったら分かってると思いますけどー」
「んー」
「もうとっくに会議開始時間が過ぎてるんですよー。起きろ堕王子ー」
布団の端を持って、ばさりと上下に動かすと、鬱陶しそうに背中を向けて転がるベルセンパイ。
「やだめんどい。代わりに出といて」
「めんどくさいのはミーも同じですー。堕王子の介護なんて、別ボーナスでも貰わなきゃ、やってられないんですけどー」
ゲーム機にコマンドを打ち込む作業に必死になってるベルセンパイを、それでも連れて行かないと、今度はミーが怒られる。
「代わりとか効かないんですよー、分かってるんでしょー? 堕王子が、堕落してますけどそれでも嵐の幹部の人なんですから、会議には参加してくれないと、嵐の部隊の事分かる人居なくてどーしよーも無いんですよー」
もし仮に、信頼できる部下が何人かいたとしても、部隊全部を纏めている訳じゃなし、この人の代わりは務まらない。そもそも嵐の部隊は、ベルセンパイが単独でほとんど全部を暗殺するだけの実行部隊だって聞いた事がある。ていうかいつも見ている。要するに、部下はほとんど使い捨ての駒。この人以外にこの人の代わりが居る訳がない。
「んー…じゃあ、これ狩り終わったら」
生ぬるく返事をするベルセンパイは、手元のゲーム機から目を離す気がないらしい。
「そんなもの、一時停止して後でやれば良いじゃないですかー」
「バッカ、フラン。狩りっつーのは一期一会の真剣勝負だから面白いんじゃん。獲物追い詰めてナイフ撃ち込んでる時がサイコーなの。一時停止とか出来るかバカ」
バカはあんたですー。
言いかけた言葉を、口の中にしまいこむ。そんな事をしたら、狩りの対象が、ゲームからミーに切り替わるのが目に見えている。
「どのくらいで終わりますー?」
「ん、1分」
1分くらいならまぁ、許容範囲内だろう。それくらいなら、着替えに手間取ったとか、髪の毛が絡まったとか、なんとか言い訳が通るような気がする。そもそも最初からとっくに遅れているんだ。今更大した違いも無いだろう。
「はぁ。早くしてくださいねー。ここに着替え置いときますからー」
かちゃかちゃと鳴るボタンの音をBGM代わりに、ベルセンパイの着替えを用意する。クローゼットを探すまでもない。その辺に積んである中からの発掘作業。ぽんぽんぽんと引っ張り出した、布の塊をベルセンパイのベッドの上に放ってく。
「……何してんの?」
体の上に重さを感じてか、不満そうな声を出すベルセンパイ。
「センパイの着替えを用意してあげてるんですよー。ミーってばやっさしー」
時間の短縮の為には他人の服の用意まで。ミーってば、優秀な新人ですよね。
「それじゃない」
「はい?」
ぽんぽんぽんと増える服。
「だぁら、それじゃないんだって」
布団から、足を出して置かれた服を蹴り落とす。
「あー!何するんですかー」
不満を大きく口にして、落とされた服を拾いに行く。あーあーあー。なんですかこの人、猫ですかー。
「それ、くしゃくしゃだからヤダ」
「くしゃくしゃにしたのはベルセンパイじゃないですかー」
「それを直すのがコーハイの仕事だろ」
「ミーは、クリーニング屋に就職したつもりは無いんですけどー」
「お前は、世の中の汚れを落とす仕事じゃん」
「世界中のクリーニング屋さんに、ケンカ売らないでくださーい」
なんなんだ。クリーニングと暗殺を、一緒にする人は初めてだ。
「それじゃなくて、あれ。ボーダーのがいい」
「はいはい。しましまですねー」
「ボーダー」
「はいはい」
開きにくくなった衣装ダンスの隙間から、畳まれて収納されてた長袖シャツを引っ張り出してベルセンパイに放り投げる。
「投げんな」
「はいはい、気が向いたらー」
「いつでも」
「はいはい、明日からー」
ズボンとブーツとコートもとって、ベルセンパイの上に乗せていく。
その隙間をするりと抜けて、めんどくさそうに着替え出す王子様(仮)。王族って、こういうもんなんですか? めんどくさいのは、ミーの方だと思います。
「何してんの?」
「堕王子の着替え待ちでーす」
「先行ってていいよ」
「ダメですー」
「あ? なんで?」
「ミーはですねー。とっくに先に着いてたんですよー。それを、堕王子、もとい、だらしな王子が遅刻するから、わざわざ迎えに来てあげてるんですー」
「うん。もう行くから先行ってていいって」
「ダメですー」
「あ? なんで?」
「センパイを連れて行くまでが、ミーの任務なんでー」
「会議室の場所くらい知ってるし」
「そーゆー問題じゃないんですー」
ベルセンパイが迷子どうこうとかじゃなくて、迎えに出てきて、手ぶらで帰るとか、どこの無能扱いされるかわかったもんじゃありません。
「そっか、分かった」
着替え終わったベルセンパイが、左手をミーに差し出してくる。よく分からないけど、右手でその手を掴むミー。
「分かってくれたんならいいんですけど、この手はいったいなんですかー?」
「ん? ししっ。だって、お前。オレと一緒がいいんだろ?」
「はい?」
引きずられるようにして、ベルセンパイの部屋を出る。
「照れてんの?かっわいー」
嬉しそうに、繋いだ手を振ってベルセンパイが先を歩いてく。
「……照れ?」
よく分からないけれど、嬉しそうにベルセンパイが先を行ってくれるから、うろうろするセンパイを引っ張るとかいう苦労が無くていい。
「えっと、で、どこ行くんだっけ?」
「会議室ですよー。何の為にミーがわざわざ起こしに来てあげたと思ってるんですかー」
「ん。まず会議な」
「まず?」
スキップでもしそうな勢いで、嬉しそうに廊下を進むベルセンパイ。
「ん。終わったら、どこ行こっか」
「終わったら……?」
なんだかよく分からないけれど、ミーは、用事だけ終わらせて、後はごろごろ…………
「うーし!さっさと用事終わらせよーぜ」
嬉しそうに言い放つと、会議室へ繋がるドアを蹴り開けて、ミーを先に放り込む。
「げろ」
飛ばされた先にいるのは怒った顔をしたスクアーロ隊長。
あ、ずるい。怒られるのが嫌だからって、ミーを犠牲にするつもりなんですね。

いつもそうやって、自分勝手に生きられるなら、とっても楽しいでしょうけど。
振り回されるミーからしたら、たまったもんじゃありません。

「ベルセンパイ介護、特別手当とか出ないんですかー?」
2011/5/8
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