欲しいもの

夢で見かけたカエルが飼いたい
ベルフェゴールが言った言葉に、スクアーロが露骨に嫌な顔をした。
「あぁ? 夢だぁ?」
まだ10代とはいえ、ベルフェゴールは暗殺部隊の一員だ。嫌と言う程現実は見てきただろうし、夢の中と現実が分からない程、寝ぼけた教育を施してきたつもりもない。
「そもそも、ペットなんか飼ってる余裕があるわけねぇだろ」
腐ってもここはヴァリアーだ。超一流の暗殺部隊。ペットの世話などする暇があるはずもない。
「だいじょぶだよ。連れて歩くし」
にこりと笑ったベルフェゴールが指さしたのは、近くを浮遊していたマーモン。指の先にはファンタズマ。マーモンがペットとして飼っている巻きガエルだ。
いらない知識を与えやがって……。苦り切った顔で睨むスクアーロに気付くと、フン。と息を吐いて通り過ぎて行く。
ペットがガキの情操教育に良いとか言い出した奴は誰なんだ? だったら何で、アイツはあんなに生意気なんだ。
赤ん坊の姿をした同僚を憎々しげに眺め、動かない左手をソファーの背に叩きつける。
行き先の無いムカムカを吐き出す事も出来ずに、額に青筋を立てるスクアーロは、それすらもいつもの事だと無視される。
だいたい何で、カエルが欲しいなんて言い始めるんだ。いや、なんでもなにも、間違いなくマーモンの影響だろう。アイツラは歳が近いせいか、いつだって一緒に行動している。
マーモンの奴が頭にカエルを乗せるなんて酔狂な事をしているもんだから、飼いやすいペットだなんて勘違いしやがったんだ。絶対そうに違いない。
カエルなんて、あれだぞ? 生きた虫とか食うんだぞ?
ペットのエサの為に、虫取りをしている自らの姿が瞼に浮かび、思わずスクアーロは身震いをする。
「どうしてもペットが欲しいんなら、ネコとかで良いじゃねぇかぁ……」
「ねこぉ?」
きょとんとした顔で聞き返すベルフェゴール。
「ネコは良いぞぉ。敷地内に放っておいて、エサだけ撒いてりゃ勝手に生きる」
オレ達と同じだぁ。……そう言いかけた言葉を遮って、ベルがあっさり否定する。
「カエルだって同じだよ」
あくまでもカエルが欲しいと言い張るベルに、ため息をついてスクアーロはソファーに倒れ込む。
「……どんなのが欲しいんだぁ」
額に手を当ててそう問うと、嬉しそうにベルフェゴールが擦り寄って来た。
「ししっ。んーとね。真っ黒で、青い目がそっぽ向いてんの」
手を動かしながら説明するベルに、そっけなく応えるスクアーロ。
「黒いカエルならそこにいるだろうが」
顎でマーモンの上にいるファンタズマを指し示す。目の色は赤いが、たいした違いは無いだろう。
「ファンタズマは、世にも珍しい巻きガエルだよ。いくら積まれたって売る気は無いね」
テーブルについてプリンを食べていたマーモンが、視線に反応して声を上げる。しっかりとこっちの話を聞いてるらしい。
いや、ここで騒いでいるのは二人だけだ。嫌でも耳に入るだろう。
プリンの蓋には、マジックで書かれたマーモンの名前。そういう細かいところが奴らしい。
「違うってば。エメラルドグリーンも入ってて、毒吐くんだよ」
マーモンを見るスクアーロを引っ張って、ベルフェゴールが主張する。
「毒ガエルかぁ……」
黒にグリーンが入っているなら、確かに毒も持ってるだろう。暗殺部隊で飼うのなら、ふさわしいペットだと言える。
特にベルフェゴールは、ナイフを使う暗殺者だ。毒との相性は良いだろう。
「ふん……良いん……」
良いんじゃないか、と。肯定の言葉を伝えようとした時に、ベルフェゴールがナイフを取り出して壁に投げつけた。
「んーで。大きさはこんくらい」
カカカカッと、軽快な音を立てて壁に突き刺さったナイフの群れは、120cmほどの大きさの、人の形をかたどった。
「バケモンじゃねぇかぁ!!」
アジトの中を、子供くらいの大きさの毒ガエルが歩き回る。想像するだに恐ろしい。
却下。の一言を伝えると、みるみるうちに王子の期限が悪くなる。
「スクアーロのバカ!!!」
珍しく声を荒げると、ナイフを投げつけて部屋を出ていった。
「う゛ぉい!! ……ったく、危ねぇなぁ」
義手に仕込まれた刃の部分で、危なげなくナイフを弾くと、むき身のそれをテーブルに置く。
しかし、今になってペットが欲しいだのなんだの言い始めるなんて、アイツにも子供らしい感情があったのか。
すぐに人に攻撃を仕掛ける王子の姿を思い浮かべる。
確かに、小さな頃から大人に囲まれて生きてきて、自分が可愛がられる一方だったオウジサマ。唯一年下のマーモンだって、アルコバレーノだからかなんか知らないが、実際どこの誰より年寄りくさい。
守るべきもの。無条件に可愛がれる存在。愛情を向けられる弱い生き物。
そんなものが必要なのかもしれない。
「アイツもまだまだガキだなぁ」
思わず一人呟くと、プリンを食べ終わったらしいマーモンが返事を返してくる。
「まったくだね」
赤ん坊のくせに誰よりも大人びているマーモンは、こういう時の話し相手に丁度良い。
「ペットが欲しいなんてなぁ。しかも、夢で見たから。なんて、可愛い理由じゃねぇか」
笑いながらそう言うと、聞いていたマーモンがため息を吐いた。
「スクアーロ。まだ気付いてないのかい?」
やれやれ。と、かぶりを振る小さな同僚に、眉をひそめて意味を問う。
「カエルの種類かぁ? そんなもん分かる訳ねぇだろうが」
しかも相手は夢に出てきた存在だ。気づく方がどうにかしているとも言える。そもそも、そんな大きさをしたカエルなど、見たことも、聞いたこともない。
「君はバカなのかい?」
いちいち嫌味しか言わない同僚に、真偽を問おうと剣を向ける。赤ん坊に剣を突きつける。普通ではあり得ない光景だが、ヴァリアー内ではよくある事だ。
「何か知ってるんならさっさと言いやがれ。言っとくが俺は気の長い方じゃねぇぞぉ」
「バカだなって言ったのさ。君も、ベルもね。最近見た夢のような記憶。子供。そして、ベルがカエルと呼ぶ存在。君にも覚えがあるハズだよ」
「あぁ? 回りくどい言い方してんじゃねぇ」
突きつけた剣を横に振り抜く。一流の剣士の一撃が、風も起こさずテーブルの上を凪ぎ払うと、そこにマーモンの姿は無くなっていた。
「教えて欲しいんなら、カネを積んで頭を下げるのが礼儀ってもんだよ。そう教わらなかったのかい」
陽炎のようにたち消えた赤ん坊は、スクアーロの頭の上に座り、頭を押さえ付けてくる。
「払うかぁあっ!」
頭上に向けて剣を振り払うと、今度こそアルコバレーノの姿は消えていた。



「あー……ベル。居るんだろ、出て来やがれ」
ゴンゴンと、ベルフェゴールの部屋の扉を叩きながら、気まずげに咳払いをするスクアーロ。
あの後じっくり考えてみて、ようやくその真相が彼にも分かった。
ベルフェゴールがガキだという事も。
言いたい事があるならハッキリ言ったら良いんだ。ベルも、マーモンも。
回りくどい言い方をするからわからなくなる。
まっすぐ剣士としての技を磨き続けてきたスクアーロには、そういう事をする意味がわからない。
いや、彼はただ純粋なだけであって、バカだとかそういう訳ではない。断じて違う。
カエルじゃなくて、人間だって言ったら良い。
飼いたいじゃなくて、側にいたいって言ったら良い。
夢でだなんて言わないで、未来にあった出来事だって、ちゃんと言ったらスクアーロにだってわかるのだ。
「…………スクアーロなんか嫌い」
重い扉をゆっくり開き、金の髪をした王子様が頭を覗かせる。
ぶすっとしたその顔を見て、泣いていたのだろうと見当をつける。スクアーロとベルフェゴールは長い付き合いだ。それくらいの事、目が厚い前髪に隠れていたってすぐ分かる。
「ったくよぉ……ワガママな王子様だなてめぇは」
ぐしゃぐしゃと乱暴に髪を撫でると、扉にもたれ掛かる身体を引きずり出す。
「なにすんだよ、バカアーロ」
力無く引き出されながら、枯れた声で文句をつけるベルフェゴール。
「っせぇ! ちゃんと名前で呼びやがれ!」
義手で頭を殴りつけると、更に頬を膨らませ、不満げに言い直す。
「……バカスクアーロ。バカ。嫌い」
言い直したところで、言っている意味が変わる訳もない。軽く肩をすくめたスクアーロは、ベルを後ろに歩き出す。
「おら、置いてくぞ」
ポキポキと首を回してめんどくさそうに声を出すスクアーロに、ベルフェゴールは不満げな声のまま問いかけた。
「どこに」
「あぁ?」
長い足でスタスタ歩くスクアーロは、前を向いたままぶっきらぼうに言葉を返す。
「飼いたいんだろぉ? カエル」
その言葉に反応し、期待を込めた顔になったベルフェゴールは、スクアーロの後ろを歩き出す。
「うん。飼いたい」
「ちゃんと、面倒みてやれよぉ?」
「うん。みる。マーモンがみる」
「いじめたり、するんじゃねぇぞぉ?」
「うん。しない。多分しない」
「まぁ、術師は数がすくねぇからなぁ……」
「うししししっ」
一気に機嫌が良くなったベルフェゴールを後ろに連れて、ちょっとそこまで散歩のように。
物騒な二人が連れてくるのは、まだ年若い幹部候補。

「マーモン! 念写やって、念写!」
「良いけど、高いよ?」
「大丈夫だよ、隊費から出るから」
「う゛ぉおい! てめぇが欲しいっつったんだ、てめぇが払いやがれ!」
「術師は必要だって、スクアーロが言ったんじゃん」

嬉しそうにくるくると。
踊るように歩くベルフェゴールに。
後輩と呼べる存在が出来るのは、もうそんなに遠くない未来のこと。
2011/8/1
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